転写(てんし


転写(てんしゃ)とは一般にゲノムDNAの塩基配列を鋳型としてmRNAを合成すること。遺伝子が機能するための過程(遺伝子発現)の一つであり、セントラルドグマの最初の段階。


より正確にはある核酸を鋳型として他の核酸を合成すること。RNAウイルスのRNAゲノムからのmRNA合成も転写という。核酸の合成は他に複製過程でも行われるが、遺伝子の発現に直接関わっていない点が転写と異なる。mRNAからDNAを合成する反応は逆転写と呼ぶ。


転写には開始伸長終結の過程があり、また開始にいたるまでに様々な転写調節因子が転写の活性化や抑制に関わっている。近年はクロマチン構造を通しての転写制御機構が注目されている。




目次

  • 1 原核生物の転写
    • 1.1 原核生物の転写開始
    • 1.2 原核生物の転写伸長
    • 1.3 原核生物の転写終結
  • 2 転写因子
    • 2.1 基本転写因子
    • 2.2 転写調節因子
    • 2.3 転写伸長因子
  • 3 真核生物の場合
    • 3.1 Pol I系遺伝子(rRNA)における転写の開始
    • 3.2 Pol II系遺伝子(構造遺伝子など大部分の遺伝子)における転写の開始
    • 3.3 Pol III系遺伝子 (tRNA) における転写の開始
  • 4 クロマチン構造
  • 5 DNAのメチル化

原核生物の転写

原核生物における転写機構は大腸菌において特に良く調べられており、転写のフォーマット自体が大腸菌のものである。しかしながら他生物、特に真核生物では基本は同じであるものの、細部が異なっている。

原核生物の転写開始

大腸菌における転写の開始部位は遺伝子配列の上流に存在するプロモーター配列によって決定している。

プロモーター配列が遺伝子のどの程度の上流であるか、ということはよく研究されており

  • -35ボックス:遺伝子の転写開始配列より35塩基対上流
  • -10ボックス:遺伝子の転写開始配列より10塩基対上流(別名、Pribnowボックス

といわれている。

プロモーター配列と転写開始位置のの位置関係

上流 プロモーター mRNAに転写されるの領域 下流
5'----------|-35|---------|-10|----------------------|T|------------3'
3'----------|-35|---------|-10|----------------------|T|------------5'
|転写
|--------------------->
mRNA
T; ターミネーター
-10; -10ボックス
-35; -35ボックス


これらの配列は、厳密に決定しており



  • -35ボックス:5'-TTGACA-3'

  • -10ボックス:5'-TATAAT-3'


このような配列であることがわかっている。



プロモーター領域の構造

-35ボックス -10ボックス
5'--TTGACA--|17bp|--TATAAT--|7bp|--|-----------3'
^
転写開始位置
bp; base pair(塩基対)


これらのプロモーター配列がRNAポリメラーゼホロ酵素のσサブユニットによって認識され、DNAとRNAポリメラーゼの結合した『クローズドプロモーター複合体』が形成される。その後、DNAの塩基対同士の結合が外され『オープンプロモーター複合体』となり、σサブユニットが外れてβサブユニットによってリボヌクレオチドが2個、先駆的にDNA鋳型鎖と結合される。


転写が開始する部位は、遺伝子そのものの開始点よりも上流であり、転写開始部位は『+1』と呼ばれる。即ち、転写されるmRNAは遺伝子そのものよりも長いことに注意。この5'側に長いmRNA配列を『リーダーセグメント』と呼ぶ。

原核生物の転写伸長

RNAポリメラーゼのコア酵素は5'→3'方向にmRNAを合成する。その際、鋳型鎖に相補的なリボヌクレオチドを結合させていく。RNAポリメラーゼが結合している鋳型DNAは塩基対の結合が外れており、1部分が一本鎖状になっている。

RNAポリメラーゼの伸長速度や発生トルクは一分子観測の技術を用いて正確に測定されている。結果、RNAポリメラーゼの伸長速度は一定ではないことがわかってきている。

原核生物の転写終結

RNAポリメラーゼがmRNA内の遺伝子配列の転写を終えても反応は終わらず、遺伝子配列の更に下流に存在する『逆方向反復配列』といわれる配列まで転写がなされる。逆方向反復配列が転写されると、mRNAの相補塩基同士が結合して『ステムループ構造』と呼ばれる構造を作る。この配列まで転写された後、終結に向かう。終結には2つの方法が大腸菌ではとられている。

  • ρ非依存性終結
  • ρ依存性終結

ρ非依存性終結では、mRNAの3'末端側に連続したDNAとのA-U塩基対が作成され、その結合の弱さから自然にmRNAがDNAから離れていく。同時にコア酵素もゲノムDNAから離脱する。
一方ρ依存性終結ではρ因子というタンパク質がステムループ構造の5'側に結合し、mRNAと鋳型DNAの塩基対を破壊して転写が終結する。

mRNAは3'側にも遺伝子配列そのものよりも長い配列を持っており、この配列をのことを『トレイラーセグメント』と呼ぶ。転写の終結したmRNAは、輸送や修飾などは特に行なわれず、すぐに翻訳過程に向かう。一方真核生物ではスプライシング反応、ポリA鎖やCAP構造の付属など、様々な修飾を受けて翻訳に向かう。

転写因子

転写因子は転写そのものに関わる基本転写因子と、転写の調節を行う転写調節因子(--制御因子)がある。前者はRNAポリメラーゼ複合体やTATA結合タンパク質などが含まれる。転写開始後の伸長反応に機能する転写伸長因子を含むこともある。後者は転写制御配列のDNAに結合し、基本転写因子の活性を制御する特異的転写因子が含まれる。直接 DNA には結合せずクロマチンの構造変換を行うヒストン修飾酵素やクロマチンリモデリング因子を含むこともある。

基本転写因子

真核生物の転写装置(RNAポリメラーゼ)は10種類以上ものサブユニットから構成される。

原核生物のRNAポリメラーゼはααββ'ωの4種5サブユニットからなるコアエンザイムに、σが会合したホロエンザイムと呼ばれる形態で正常なプロモータを認識する。シグマ因子は遺伝子上流のプロモータ配列を認識して転写を開始する役割をになっている。

シグマ因子には様々な種類があり、環境条件によって適切な遺伝子群が発現するように使い分けられている。この使い分けは特に枯草菌を用いた研究によって明らかとなった。古草菌では普段はシグマAというシグマ因子が発現して転写制御に当たっているが、栄養状態が悪くなった場合などには他のシグマ因子(シグマHなど)が発現し、胞子形成の準備を始める。その後母細胞ではE、Kと変化し、胞子ではF、Gが使用される。このほかにも熱ショックに対処するためのシグマ因子など、いろいろな状況に対処するためのシグマ因子がある。

転写調節因子

転写開始を制御する。(スタブ)

転写伸長因子

転写伸長に必要とされる。ヌクレオソームは転写の伸長を妨げるため、転写伸長因子が転写装置とともに移動する。(スタブ)

真核生物の場合

真核生物の場合、原核生物プロモーターの-10領域に相当する、5'-TATAAA-3'の共通配列を持つ領域(TATAボックス、あるいは、ゴールドバーグ・ホグネスボックス (Goldberg-Hogness box) と呼ばれる)が-25あるいはさらに上流に存在する。転写開始位置はこのTATAボックスが主となって決定している。

この他、-100~-60の範囲に存在する5'-CCAAT-3'の共通配列を持つ領域(CAATボックスと呼ばれる)や、-60~-40の範囲に存在する5'-GGCGGG-3'の共通配列を持つ領域(GCボックスと呼ばれる)がよく知られているが、これらは転写の促進に働いていると考えられている。

真核生物の場合、RNAポリメラーゼには3つの種類があり、それぞれPol I,Pol II,Pol IIIと呼ばれている。それぞれ、転写開始に必要となる因子、プロモーター領域の配列、転写の様式が異なっている。大部分の遺伝子は転写をPol IIに依存しているが、rRNAはPol Iに、tRNAはPol IIIに依存している。

Pol I系遺伝子(rRNA)における転写の開始

RNAポリメラーゼIによる転写においては、プロモーターは、-200〜-65の範囲に存在する上流制御要素(UCE; upstream controling element)と呼ばれる領域と、-45〜+20の範囲に存在するTATAボックスを含むコアプロモーター(CPE; core promoter element)と呼ばれる領域の二つの部分からなる。

転写に関与する因子としては、

  • UBF:UCE結合因子
  • SL1

の二つが知られている。UBFはUCEに結合し、SL1のTATAボックスへの結合を促進すると言われている。SL1はCPEへの弱い結合能を示すが、転写の開始において必須である。SL1はまた、Pol Iとも会合する。

SL1は更に、

  • TBP:TATA結合蛋白質
  • TAF:Pol I会合因子
    • TAFI 110
    • TAFI 68
    • TAFI 48

といったの因子の複合体となっている。

また、転写伸長に関わる因子として、

  • TIF-1C

も知られている。

Pol II系遺伝子(構造遺伝子など大部分の遺伝子)における転写の開始

RNAポリメラーゼIIによる転写に必要な酵素以外の基本転写因子蛋白質をTFII (Transcription Factor for Pol II) シリーズと呼び、現在、

  • TFIIA: TFIIDのDNAへの結合を促進
  • TFIIB: TFIIDとともに転写の最小開始複合体形成に参加
  • TFIID: プロモーター領域を認識し、TATAボックスに結合
  • TFIIE: TFIIHの制御
  • TFIIF: Pol IIと結合。Pol IIの転写開始複合体参加に必須
  • TFIIH: DNA依存ATPase。Pol IIをリン酸化し変化させ、転写開始複合体から各因子を遊離させる
  • TFII-I:

の七種類が知られている。

また、転写開始後、RNA伸長を促進する因子

  • TFIIS

も存在する。

転写開始への流れとしては、

  • プロモーター領域(TATAボックス近辺)にTFIIAが結合
  • TATAボックスにTFIIDが結合、TFIIAと複合体を形成
  • TFIIA-TFIID-DNA複合体にTFIIBが結合
  • RNAポリメラーゼII(Pol II)にTFIIFが結合
  • TFIIF-Pol II複合体にTFIIEが結合
  • TFIIF-TFIIE-Pol II複合体にTFIIHが結合
  • TFIIF-TFIIE-TFIIH-Pol II複合体がTFIIA-TFIID-TFIIB-DNA複合体と結合
  • TFIIHの作用によりPol IIがリン酸化される
  • Pol II変形
  • TFIIHの作用により、転写開始複合体はTFIIA-TFIID-TFIIB複合体とTFIIF-Pol II複合体に分離される。この際、TFIIE, TFIIHは放出される。(プロモータークリアランスという)
  • TFIIF-PolII-DNA複合体にTFIISが結合する
  • RNAの転写が進行する

となっている。

TATAボックスは、コアプロモーターエレメント (CPE; core promoter element、コアプロモーター要素、時にcore promoter motifとも呼ばれる) の1つである。

コアプロモーター (core promoter) とは、正確な転写開始を導く働きをもつプロモーター領域のことであり、一般に転写開始点を含む±35塩基ほどの長さの領域を含むが、多くの例から、約40塩基の領域から構成されていると考えられている。コアプロモーターの中には幾つかのシーケンスモチーフが存在し、これをコアプロモーターエレメントと呼ぶ。

コアプロモーターエレメントは、すべてのコアプロモーターに普遍的に存在するものではない。むしろ、個々のコアプロモーターの特異性を与えるものである。教科書等を見ると、TATAボックスが全ての遺伝子のコアプロモーターに存在しているような印象を受けるが、実際は違い、例えば酵母に関する最近の研究においては、TATA-containing core promoter(TATAボックスを含むコアプロモーター)は、わずか約19%であったと報告している。

-2〜+4の範囲に存在するイニシエーターエレメント (Inr; initiator, PyPyANT/APyPy, Aが転写開始位置になる) もコアプロモーターエレメントである。Inrの認識はTFIIDによっておこなわれる。このほかに、DPE (downstream core promoter element)、MTE (motif ten element) が発見されている。

Pol III系遺伝子 (tRNA) における転写の開始

RNAポリメラーゼIIIによる転写に必要な酵素以外の基本転写因子蛋白質をTFIII (Transcription Factor for Pol III) シリーズと呼び、現在、

  • TFIIIA:
  • TFIIIB:
  • TFIIIC:

の三つが知られている。その他、

  • TBP:TATA結合蛋白質
  • PTF:PSE結合蛋白質

などの因子も存在する。

RNAポリメラーゼIIIによって転写される遺伝子の場合、転写開始の機作が、そのプロモーター領域の構造により

  • 遺伝子構造の内部にAブロック(+20の位置)、Bブロック(+51から+113の位置)の二つのコアプロモーター(転写の開始に際し必須の配列)を持つもの。TFIIIB,TFIIICの二つが必要。
  • 遺伝子構造の内部にAブロック、Iブロック、Bブロックの二つのコアプロモーター(転写の開始に際し必須の配列)を持つもの。TFIIIA,TFIIIB,TFIIICの三つが必要
  • TATAボックス(-25の位置)、PSE(近位配列要素;-55の位置)を持つもの。TBP,TFIIIB,PTFの三つの因子が必要

の三つの様式に分かれる。

クロマチン構造

真核生物のDNAはヒストンという蛋白に巻きついている (ヌクレオソーム)。一般的にはヒストンがアセチル化されることでクロマチン構造がゆるみ、結果として発現が活性化される。また、ショウジョウバエなどのGAGA因子と呼ばれるタンパク質はDNAに結合し、その周辺のクロマチン構造を変化させる。NAP-1がヒストンをDNAに貼り付け、ACFがそれを移動させて一定間隔にする。ユークロマチン、ヘテロクロマチン

DNAのメチル化

また、DNAのメチル化なども重要なキーワードの一つである。メチル化DNAはゲノムインプリンティングなどに関与するとされる。メチル化DNAを特異的に認識するタンパク質(メチル化DNA結合タンパク質, MBD)は、クロマチン構造を変換する酵素複合体を誘導することが考えられている。

一般にDNAのメチル化は転写の抑制となり、特定の遺伝子が特定の組織で発現するメカニズムの原因であると考えられている。また、DNAのメチル化はヒストンのアセチル化やメチル化と結びついており、細胞分裂の際にコピーされた染色体にヒストンのアセチル化やメチル化が引き継がれる。(スタブ)